恋とおやつ手帖


PROFILE

ばんばりえ

主婦ときどきライター。
ご近所専門オーダーメイドケータリン
グ『キッチンよもぎ食堂』を主宰。お
教室に習いに行くほどプロレスに夢中
な40代を過ごしています。好きなおや
つはブッセ、うにせん、麦チョコ。好
きなごはんは蕎麦と白米とピーマンの
肉詰め。好きな場所はお布団の中。
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さくいん
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【キレイファイター】(7)李日韓レフェリーに聞く、ほどよく夫を心配するには<前編>
デスマッチという特殊な試合を行う団体として、世界的にファンの多い大日本プロレス。キレイファイター第7回目はそんな男子団体で紅一点、レフェリーとして活躍する李日韓(り にっかん)さんの登場です。壮絶な戦いが繰り広げられるリングで颯爽とカウントを叩く反面、時折痛そうな顔したり、顔をそむけたりと表情豊かなレフェリングが人気。グッズデザインや選手の送り迎え、若手の面倒などなんでもこなす、団体のお母さん的存在でもあります。ご主人は同団体のデスマッチファイター・伊東竜二選手。怪我や故障なども多い現場で選手たちを見守る彼女に、ほどよく夫を心配する方法をお聞きします。



大きな試合や
タイトルマッチがあるときは
4日くらいは口きかないです


――まだ新婚の夫婦はもちろん、長い付き合いの夫婦にもいろいろな悩みがあって、なかでも「心配」に関しては方法だったり塩梅だったりが難しい気がしてるんです。夫と妻で、互いの心配が噛み合わない瞬間のすれ違いって絶妙に嫌な感じなんですよね。日韓さんは現役レスラーのご主人とお仕事も一緒にされていて、単純に怪我や体調など奥さんとして心配ごとが多いのではと思われるのですが。目の前でご主人が怪我をするのを見るというのは心配ではないですか?




心配っちゃ心配ですけど、伊東さん(ご主人の伊東竜二選手)だけを過保護にはできないですし、みんな心配です。でも、リング上の選手って負傷や脳震盪で大変な時も気持ちは結構しっかりしてるんですよ。「続けます、大丈夫です」ってはっきり言うし、やるって言うなら最後までケツ持つくらいやらせてあげたいと思ってます。本当に危険や無理だと判断した時は止めます。

――そこはやはり100%レフェリーなんですね。

わたしが心配してしまうとお客さんが試合を楽しむどころではなくなってしまうので。でも、一度だけ、伊東さんが両腕を骨折したまま試合を続行したことがあって、そのときは特別な感情が出てしまいましたね。試合が終わってすぐ救急車を呼んでほしいと言われたんですが、ドラえもんみたいに手が腫れてオープングローブが外せなくて。ああもう手がダメなんだって分かったら、思わず涙が出てきてしまいました。そしたら伊東さんがものすごい形相で「泣くんなら控室帰れーーー!!!」って。お客さんの前で泣いちゃダメだって、泣きながら走って控室に帰りました。

――ああ、やっぱりそういうことも…。でも、どんなに心配でも試合を裁いているレフェリーとして心配そうな顔をするのはもちろん、泣くなんてもってのほかなんですね。同じ仕事の現場にいるから、気に掛けるべきこと、してはいけないことが分かりやすいですね。家でのご主人は世話が焼けるほうですか?

ウチ(伊東家)はですね、たとえば昨日、家の前で転んだって足血だらけで帰ってきたんですよ。バイク降りて止めて、段差気付かなくて転んだって。そのときは、あたしも心配しましたけど。基本ドジなんですね。

――それ分かります。何してんのーって思うけど、心配してもしょうがないことってありますねぇ。我が家(石井家)はお酒の失敗。洗面所のコップ割ってこっそり片してたり、朝起きたら右半身傷だらけだったり。自転車でずるずるーってバランス崩してブロック塀を、あれは何メートルかこすってましたね。結婚して15年ですけど、お酒に関してはもう無理かなーという気がしてきてます。

直んないとこをやたら心配してもしゃーない(笑)ウチは13年目ですけど、直らないとこはもうね。


――直んないですよねぇ、ほんとに…。ところで、我が家は自営業で2人で家で仕事をしてるので、仕事の進み具合でごはんの時間が変わったり、体調や気分で献立も細かめに変わるんです。日韓さんのところも仕事の内容を把握してる分、家で気を使うことも多くないですか?

ウチは同じ会社なので会う機会が多いと思われがちなんですけど、道場と事務所という風にいる場所が分かれていたり、巡業中も乗るバスが違うので、リングに上がる時しか接点がないみたいな感じなんです。なので、家でごはんを食べる時はなるべく会話するようにしてるんですが、大きい試合やタイトルマッチがある時は4日くらい口きかないですね。パソコンの部屋にこもって試合映像見たり調べものしたり、そういう時は話しかけないようにしてます。向こうも話しかけないでオーラが出てるし。

――すっっっごい分かります!ものすごいオーラ出してきます。雨雲が近づいてきたのかって思うくらいどよーんとしたり、寄せ付けない空気をまとったりしてきます!何の仕事で詰まってるのか分かるから、うおー、話しかけられない〜、夕飯は何時にすればいいんだーーーみたいになります。





同じ仕事だからこそ言われたくないこともあるやろうし。ウチの場合は、ひょっとしたら自分が伊東さんの大事な試合をを裁くかもしれないので、それならば「わたしはそっぽ向いとこう」と思うんです。そういう時期は「今日何食べる?」って聞くのもあれなんで、体重増えないようなのにして「今日はこれにしたよ」って。あたしからは話しかけないですね。話したかったら自分のこと呼ぶだろうし。そこでガシガシやっちゃうとサヨナラすることになっちゃうなーって。

――いやー、日韓さん大人です!わたしも同じように自分からは一言も話しかけない時期があるんですけど、何日か経つと我慢できなくなって「ずっと話しかけてなかったの気付いてた???」って野暮なこと聞いちゃう。

あたしもありますよ。「これからもう話さないから」って言いながら「あ、そこに饅頭落ちてるよ」なんて言われて「どこ?どこ、どこー?」ってすぐ喋っちゃうっていう。で、「お前には無理だよ」って。すぐひっかかるんですよ。「どら焼き落ちてるよ」とか。

――そもそも、落ちてないですよ!

落ちてないんですよー。そうなんですけど、昨日確かどら焼きあったなぁと思ったら、もしや!って(笑)



いろいろ心配するより、いっぱい寝る。
よく寝れるってことはお互いに
心に余裕があるってことなんです。


――女性はもともとがお世話焼きですよね。なんか「心配する」ことは、お世話を焼きたいのとイコールなんじゃないかと思えてくるんですが。

やりたいんですよね。なんだって言われてないのにやりたい。心配してあげたい。

――そうそう。「わたしがあなたを心配してあげたい」なんですよねぇ。他人事じゃないんですけど。いやんなっちゃう。

結婚した当初は、スポーツ選手の奥さんてどうなのかなって、本読んだりテレビ見たり、一応しましたねぇ。皆さん料理とか完璧なんです。ま、自分には無理や、こんなんできひん!て早々に分かったんでよかったですけど。自分も言われたかったんだと思います。「あの人よくやってるね」とかファンの人に。






――いい妻って言われたい気持ち、誰でもありますよね。いい妻って言われたいし、同時にやっぱりわたしがいないとって思いたかったり。

必要とされたいって気持ちですよね。「あなたがここにいるからこうなれる」っていうのをね。ウチは先輩たちより先に若手の頃に籍を入れたので、周囲に気を使うことも多くて。結婚当初は、あれもこれもしてみんなにちゃんとやってるって言われたいって、ちょっと一生懸命になりすぎてましたね。そのせいで伊東さんに対して「こんだけやったのにお礼ないのぉ?」とイラついてしまったり。

――相手のためのはずが、相手は置いてけぼりになっちゃってる。自分を評価してもらいたい気持ちが先に立ってしまって「心配してあげてるのに」「やってあげたのに」になっちゃう。でも、15年結婚生活を送ってみて、それは仕方がないことだとも実感してるんです。彼の会社のこと仕事のこと、どのくらい体調や気分の変化を我慢する性格なのか、今黙っているのは機嫌が悪いのか、すごくフラットな気分なのか、全然見えないですもん。で、どうしたの?ってなんでもかんでも質問してしまって、スルーされたりウザがられたり。この「見えない」をどうしたらいいのかなって。

そうですね。聞きすぎると言いたくなくなっちゃうんで、あたしに話したいっていうか、話しやすい感じにしてたほうがいいかなとは日々思ってます。今まであたしが「今日何してたの?お昼何食べたの?」って聞かないと教えてくれなかったんですけど、今は「静岡でこんなん食べてるよ」とか送ってくれるようになって。それはあたしの「見えない嫌なバリア」がとれたのかなと思います。

――見えない嫌なバリア?

相手のことが「見えない」と思ってて、聞きたい全部知りたいっていう空気、いわゆる束縛ですよね。で、いろんなこと心配してると、どんどん分からなくなりますよね。それより、むしろいっぱい寝ることが大事かなと思うんです。よく寝れるってことはお互いに心に余裕あるってことなんで、そしたら「今自分に余裕ありますよ」「話したいことあったら良いこともそうじゃないことも受け入れられますよ」ってオーラが自然と出て、そこから相手の態度も違ってくる。それは10何年一緒にいて実感してるし、少しずつ変わってこれたかなあと。






李 日韓(りにっかん)
1975年韓国・ソウル生まれ。1999年3月レフェリーとして大日本プロレスからデビュー。翌2000年8月よりデスマッチレフェリーとして活躍、以来300を越えるデスマッチを裁く。


李日韓レフェリーオフィシャルブログ
http://ameblo.jp/nikkanlee/

















 
| キレイファイター | 11:10 | trackbacks(0) |
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